(碑文より)
昭和20年8月9日11時2分、長崎は摂氏3,000度を超える熱線、秒速500メートルの爆風、炎うずまく地獄の中に、人も家も焼きつくされました。
あの日、多くの建設労働者職人は徴用で狩り出され、街の強制疎開の建物撤去作業中や魚雷艇づくりなどに強制就労させられるなかで、尊い生命を奪われました。
あの苦しみ、あの怒り、あの悲しみを私たちは、決して忘れることはできません。そして、世界のいかなる国のいかなる人類の上にも二度と繰り返させてはなりません。
被爆43年、今ここに全国の建設労働者職人の総意により、原爆殉難者を慰霊し、平和と核廃絶のため闘う証として、不戦平和の塔を建立いたしました。
御魂よ、安らかにお眠りください。
昭和63年8月8日
全国建設労働組合連合